宗家の存在意義と重要性

宗家の存在意義と重要性 上地完明

芸事は何事によらず、教える人の身のこなし、身の振りぶれが習う側に伝わっていく。
空手道の指導、修練も全く同じ事が言える。

上地流空手道は世界に広がり、普及している事は喜ばしい事であるが、
半面、先にも触れた教える人の身のぶれ、振り、さらに感性つまり受け取り方、
価値観の違いがそのまま伝わり多様化し、言葉を変えて言えば独善的なマイナス面も出ている。
富名腰儀珍が伝えたとされる松濤館流も全く異種化しているとの指摘もある。
上地流も全く同じ事が言えるほど、上地流とは名ばかりで普及地域が広いほど変形しつつある。

上地完文が伝えた上地流は道統がはっきりしている点が他流と大きく違う流派である。
道統を忠実に引き継ぎ、伝承している宗家の存在に大きな意義があり、
重要な任務を負っている事は言うまでもない。

科学(化学)は幾多の実験を重ねて新しい事実に到着し、
結果として新しい理論が生まれるように、空手道も先に理論があって型が作られたのではなく、
数千年の試行錯誤の身体の鍛錬を繰り返しながら、
心身に効果的な型が作られ、そこから理論が生まれ現代に伝授されている。

科学(化学)がそうであるように、
空手道も理論から入るのではなく、普段の心体の鍛成を通して理論を感性、
つまり感じとるものであることを認識する事が重要である。

名刀はたたかれる数の多さの中から生まれる。
たたいて鍛える上地流空手道は、名刀が生まれる過程にそっくり似ている。
たたかれない刀、模造刀はもろく折れやすいが、焼き入れとたたきを繰り返し、
不純物を撮り省いて作られた刀は、しなやかにたわむが折れることはない。